── 今日の揺れ ──
聞き分けたまえ。意地は利益を守らない
風向きが変わる音がした。
実際に聞こえたわけじゃない。ただ、画面の中の一本が少しだけ強く、少しだけ高く伸びた。相場はときどき、音の代わりに形で囁く。
その囁きに、こちらの“物語”が勝手に返事をする。
「来た」
「流れが変わった」
「今日は取れる」
そうやって相場観が立ち上がると、手が速くなる。速いのは判断じゃなくて、都合のいい確信だ。相場観に振り回されるって、だいたいここから始まる。
指がマウスに触れる寸前、机の端に置いたメモが目に入った。薄い紙で、角が少しだけ折れている。派手な言葉はない。
「条件」
「入る理由」
「出る理由」
三つだけ。今日はそれ以外を書かないと決めていた日誌の切れ端だ。
画面に目を戻すと、チャートは相変わらず“良さそう”に見える。
でも、良さそうという言葉は、だいたい危ない。良さそうは、基準じゃない。感想だ。感想は、相場の風に揺れて形を変える。
もう一度メモを見る。
条件は揃っていない。
それでも心は、「揃ったことにして飛びたい」と言う。空に地図を描きたくなる。
この瞬間がいちばん静かで、いちばん危うい。誰にも止められない。止められるのは、手順だけだ。
だから今日は飛ばなかった。
勝ったからでも、負けたからでもない。
“飛ばない”という操作を、自分の操縦桿に残したかった。
風向きは読める日がある。
問題は、その日に限って高度計を忘れることだ。
相場は空に似ている。きれいな日は、目が奪われる。目が奪われるほど、足元の計器が見えなくなる。
解説
相場観が湧いたとき、まず疑うのは「チャート」じゃなくて「自分の速さ」。
条件が揃っていないのに“飛べる気がする”なら、それは風ではなく物語の力かもしれない。
飛ぶ日は、気分で決めない。先に書いた高度で決める。
締め
風は読めた。次は高度(条件)を守るだけ。
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